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バトルロワイヤルの感想

映画の中には一度見れば満足してしまう物と暫くすると「もう一回見たくなる物」があります。

私にとって、このバトルロワイヤルという映画は何故か何度も見たくなる映画で自分でもその理由が良く分からない、という不思議な映画です。
監督は深作 欣二、主演は藤原竜也。

冒頭ではビートたけし、扮する高校教師が学校で生徒からオミットされ、ついにはナイフで刺されてしまうというシーンが映し出されます。
そして高校3年の修学旅行のバスの中にシーンは変わり、トンネルに入ったな、と思うと催眠ガスで全員が眠らされ、無人島にある学校の一部屋で目覚めます。
そしてヘリコプターが降りてきて軍服姿で機関銃を構えた男達と一緒にビートたけし扮する教師がやってきます。

そして予告編でも流れたビートたけしの名台詞が語られます。

「この国は本当にダメになってしまいました」
「今日は皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいます」

この台詞は、ビートたけしの独特の口調であってこそ印象深いのであって他の役者さんでは、ちょっと無理でしょう。
それから少し、すったもんだした挙句にやっと生徒達は自分達の置かれた状況を理解します。

そしてビデオによる説明を受けてから出席番号順に名前を呼ばれ水、食料、ランダムに選ばれた武器の入った袋を受け取り一人づつ外に出ていきバトル開始となります。それからは生徒達、個々の様子が主人公の七原秋也(藤原竜也)を中心に描かれていきます。

しかし、ここまで書いてきて自分でも思うのですが「なんと陳腐な設定と展開」でしょうか。邦画のB級映画と言われても仕方のないような内容です。
にも関わらず「面白い」のは、まずビートたけしの存在を抜きには語れないでしょう。

いわゆる北野バイオレンスで培った監督のイメージと、天才お笑い芸人ビートたけしという、二つの顔を持つ、この人がいてこそ成立した映画であると言って良いと思います。

先ほど「B級映画」と書きましたが、私がこれまで見たB級映画でも、高校のクラスの中で合法的な殺し合いが強制されるという設定は見た事がありません。

なぜ深作監督はこの映画を作ったのか? なにを描きたかったのか? が分かるようで分からないのです。

深作監督本人が語る所では

「太平洋戦争中に学徒動員によりひたちなか市の軍需工場で従事していた中学3年生当時、米軍の艦砲射撃により友人が犠牲になり、散乱した死体の一部をかき集めていた際に生じた「国家への不信」や「大人への憎しみ」が人格形成の根底にあったこと、今日の少年犯罪の加害者少年の心情を思うと他人事でないという感情を抱いてきたことから、いつか「中学三年生」を映画の主題に取り上げたいと考えていた」

(出典:ウィキペディア)

との事ですが、なんか分かるようで分かりません。

まぁそんな事はどうでもいいのかも知れません。「作りたかったから」「面白そうだから」でも十分な理由だと思います。
そして実際に、この映画は「面白くて大ヒットした」のですから見事に監督の意図は成功しているのです。

もし、自分が、あなたが、同じ状況に置かれたらどうするでしょう? その答えは人により様々だと思います。
そして多分、出てくるであろう「様々な答え」が、1つづつ描かれていきます。

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